コミュ障でなんか問題ありますか?

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「コミュ障」という言葉があります。

 

 

コミュニケーションの障害、略して「コミュ障」だそうです。

 

 

対人関係やコミュニケーションがうまくいかない人ということになりますかね。

 

 

ところで、心理カウンセリングのような仕事を長年やっていると思うことがあるんですね。

 

 

的確に言葉で表現することがむずかしいのですが…

 

 

問題など存在しないところに世の中が問題をつくって、それを乗り越えましょう、できるようになりましょう、できないことは問題ですよというメッセージを発信しているんじゃないかなと思うんです。

 

 

例外はあるけど、多くの場合は別に問題などないことが多いかな。

 

 

なんのこといっているか、わからないですよね。

 

 

自分も感覚の部分を話しているので、そうだろうなと思います。

 

 

少し具体的にお話すると、例えばネットなどで「発達障害」のセルフチェックみたいなものがあったりします。

 

 

これがけっこう誰でもあてはまるようなチェック項目が並んでいるんです。

 

 

さらにセルフチェックって、セルフでチェックできるようなもんではないんだけどなぁと思うわけです。

 

 

さらにというかちなみに、医師が発達障害の診断するときに脳波などは調べないし、脳機能の障害と定義されているわりには「何らかの」ってなっていて、あいまいなんですね。具体的に脳のどの部分がとはならない。

 

 

それから、「うつ病」に効果的だと言われている?「認知行動療法」という心理療法があります。

 

 

これなど、今のあなたの認知の仕方には問題がありますので修正しましょうねという、現在の否定ともとられかねないニュアンスが見え隠れするわけです。

 

 

適切な「認知行動療法」はこの限りではありませんが、心理療法を行う側のベースというか意識によっては否定的なニュアンスが伝わってしまうと思います。

 

 

自分には、どちらも不必要な不安をあおっているようにしか見えないんですよね。

 

 

そのままでいることに、そんなに問題ありますかね?

 

 

自分がご相談を受けているケースの多くは、問題があるんじゃなくて、問題があると思わされてきたケースなんですね。

 

 

ご本人は、いいんじゃないかなぁそれで、ということが多いんですね実際。

 

 

ドワンゴの川上さんは、ある書籍の中で、採用しているのは結果的にコミュ障の方であることが多い。コミュ障出ない方におもしろいモノがつくれるんですかね?(意訳)みたいなことを書いています。この本の対談の中にあります。

 


理系に学ぶ。

 

いいんじゃないですかね、これで。コミュニケーションってできる必要がありますか?

 

 

コミュニケーションの練習とかなんでするんでしょうね、なんのためですか?少なくとも自分の意志ではなくて行うものではないじゃないかな。

 

 

最低限の意思疎通ができれば、それでいいかなと思うのですが違いますかね。

 

 

自分の考え方は、はっきりいって主流ではありません。ありませんが、このままいくつもりです。

 

 

ごく一部の方々をのぞいて、とりたてて問題だ問題だという風潮には同意できませんし、その人なりの生き方を見つければいいと思っています。

 

 

そして、多くの場合、今の人生の軌道から、わずかにズラしたところにあるのだろうなぁと感じています。

 

 

大きく変わる必要があるのではなくて、軌道を少しだけズラすんです。

 

 

もっと気楽でいいんですよと思いますし、今回お伝えしたかったのは、たった1つ、このことだけかもしれません。

 

 

以上、「コミュ障でなんか問題ありますか?」でした。

 

 

ありがっさまりょうた。

 

 

 

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